ともあれ危機は全力で回避された。
デーモンに追い詰められもう駄目だ、ついにおれもこのまま無残に死んでしまうのか、もう一度だけつるとんたんのうどんが食べたかったな、ヴェルチ飲みたかったな、などと諦めかけたそのとき、幸運にも時計のアラームがピピピと零時を指したのだ。そう、火曜日が到来したのだ。
おれは常日頃から練習をしている。それは膨大な体力を注ぎこむ精神の修行だ。おれはいつも待っている。その瞬間を。そしてついにそのときが来たならば、おれはかならず、どんな状況であろうとその能力を発揮するのだ。例えそれが女の子とチョメチョメしているときだろうと、例え車で走っているときだろうと。例え終電がなくなって満喫でくつろいでいるときだろうと。例え自宅で寝ているときだろうと。例え深夜番組がどれほど面白かったとしても。コンビニで必死に立ち読みしていたとしても。そのほか、えとせとら・えとせとらだとしてもだ。
つまりおれは深夜零時を過ぎ、火曜日となった瞬間から鬼神となる準備をしている。その心構えを一週間常に持続させているのである。と、実際このエピソードだけでも超能力者が一体どれほど大変かということが分かるはずだ。いや分かってもらえないとしても、そのことは実はさして重要ではないのだ。大事なのはおれは何としても生涯を生きぬきたいと言うことだ。
おれはつまり超能力が使えるのである。念力でカミナリを落とせるのだ。それはとても大規模なカミナリだ。自分で言うのもなんだがそれはもうものすごい勢いのカミナリを落とすことが出来る。おれがひとたびこの指先に念をこめれば、「サンダー!」と大きな声をあげながら指さした方向に落雷することができる。勿論精度はバツグンだ。
以前休みの日に公道でひったくりに遭って、オシャレなセカンドバッグを持っていかれそうになったとき、丁度火曜日だったこともあり怒りにまかせて犯人に落雷した。近づいてみると犯人は真っ黒焦げになって既に絶命していたが、セカンドバッグに入っていた現金100万円もチリと化していたのだ。あの時のおれの絶望感ったらなかった。おれはそのとき怒りを静めるため、事務所にもどり100万を集金した舎弟共を一人残らず真っ黒焦げにしてやった。俗に言う八つ当たりというやつだ。
おれが超能力を発揮できるのは火曜日だけである。これほど面倒なことはない。よくテレビアニメなどで超能力を自在に操ったりしているけれども現実はそう万能には行かないのである。アキラに出てくるような一度超能力を発揮するのも鼻血ブー状態が実はリアルなのだ。そういうわけで、おれは火曜日以外はただのチンピラとしてひっそりと生きている。舎弟を一人残らず黒焦げにしてしまったのがバレて組は破門になったが、ケジメをつけさせられると思った矢先組長は「どうぞどうぞ」と不気味なほど丁寧な対応で選別として300万をおれにくれた。ヤクザも大したものではないと思った瞬間である。
そういうややこしい能力のせいでおれには腕時計がかかせないのだ。今回もたまたまデーモンが月曜の深夜に現れてくれて良かった。月曜の深夜ということもあって、できるだけ隠れて時間稼ぎをしたのが功を奏したのだ。まともに戦っていればおれは間違いなくデーモンに食い殺されてしまっていただろう。逃げながら必死でジャングルジムの周りをデーモンと二人でグルグルしたが、ともかくあの小学生戦法は実に有用だったのだ。
以前一度月曜の昼間にデーモンに襲われたことがある。月曜の真昼間、誰もいない工場に手紙で呼び出された。それはつまり罠だったのだ。女の子の可愛い丸文字で「工場でお話しがあります」と書かれた文章は、素人童貞のおれにはとてつもなく眩しく映り、まんまとデーモンの策にかかってしまったのである。案の定おれはデーモンにボコボコにされた。鋭い爪で体中を引っ掻き回され、恐ろしい牙で幾度も噛み付かれた。瀕死で戦術的逃走を図っていたが、それは既に敗走の何ものでもなかった。火曜日までまだまだ時間があった。嗚呼、最早万策は尽きた。おれの命運もここまでか、出来ればもう少し生きたかったと胸の前で十字架を切ったとき、空や辺りが突然暗くなったのである。その瞬間ピピピと腕時計のアラームがなった。零時、火曜日である。まさかと思い辺りを見渡してみると、遠くに見える工場の屋根の上に月谷が満月を背に立っていた。気まぐれ屋のマンディ・ムーンだ。奴の能力は月曜日に発揮される。一体どのような能力かというと、月曜の夜のあらゆる時間に時を操ることができる。奴はその能力を使って月曜の深夜11時59分に時を早めてくれたのだ。
それからのおれはまさに鬼そのものだった。いや魔神と言っても過言ではないかもしれなかった。しかしその後、何がどうなったのか、実際はおれはその間の記憶がスッポリと抜けていた。月谷の証言によると、奴は体をブルブル震わせながら「あの夜のことは思い出したくない」といって逃げるように世界放浪の旅に出ていった。後日新聞を見てみるとその工場半径500メートルが跡形もなく消えていたらしい。おれはこのとき自分の才能を酷く恐れた。
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