2010年6月9日水曜日

シノギ




大阪の下町。
見るからにヤクザといった風体の男二人が、道端をゆっくりとふらふら歩いております。



「兄貴・・・・。兄貴。」
「・・・・なんや、マサ。」
「・・・・・・・・・・兄貴。」
「・・・・・・なんや。」
「・・・・・・・・兄貴。・・・兄貴」
「・・・・・・・・・・・・・・なんやマサ。」
「・・・・・・兄貴」
「・・・。あのな、マサ。なんやおのれは。さっきから人のことごちゃごちゃごちゃごちゃ呼びくさりやがって。なんやねん。なんか言いたいことがあるんやったら、さっさとゆわんかいワレ。それを何べんもおんなじことべちょべちょ言いくさりやがって。お前それでも男か。ええッ。こっちもな、お前のゆうてることにいちいち耳貸してやるほど暇やないんやで。ええ。わかってんのかホンマ。俺もな、そうやな、三回までは許したるわ。ええ。まあ、ゆうてもお前は俺の可愛い弟や。そうやな。三べんまでは、俺もチャーント、こないしてワレのため思って、注意したるけどな。それ以上になったらな、もう、あれやで。もう、それ以上なったらな、もう、ものっそいげんこつハンマーお見舞いすることになるで。ええ。なあマサ。そのへんのことをな、よう肝に命じとかな、お前、えらいことになるで。ええ。ほんまに。あほたれッ。」
「・・・・さいですか、兄貴・・・、ほな、言わしてもらいますけどな・・」
「おおッ。なんやマサぁッ。おら、言いたいことがあるんやったらチャッチャッとゆわんかいッ。」
「ほなゆわしてもらいますけどな。あのね、兄貴。まぁ、この道は、いわゆるこのあたりの、中心ですな。」
「おお中心やな。商店も駅も、まぁ、このへんではここに来たらだいたいのモンが揃うわな。」
「そうですな。まあ、こんなちっちゃい下町。この道もものの何百メートルって長さですけどな。そやけど、中心でっさかい、いっつも人が仰山おりますわ。」
「そうや。特に今の夕方の時間帯とかな。おばんとかが買い物行ったり、ガキが下校したりでもうこの道はワヤクチャやがな。それがどないしてん」
「そう。人通りが多い。多いんです」
「・・・・・・。おいマサ。ワレやっぱり口でゆうてもわからんか。のう。男やったらさっさと用件をゆえちゅうてんのや。お前な。女の腐ったのんやないのやで。ええ。ゆうてわからんのやったら、ほたらしゃあない、後はこのワイの拳で聞こか・・」
「開いてますのや。」
「なんやてッ」
「開いてますのや。窓が。」
「なにが」
「兄貴の社会の窓さんが開いてますのやがな」
「・・・・・はッ。何を言い出すかと思えば。俺の社会の窓が開いとおるやなんて。はッ。何を言い出すか思たら。へッ。阿呆なことも休み休み言いやマサ。兄貴の社会の窓さんが開いてますのやがな、やて。ハッ。ワレのマヌケ面のほうがよっぽど社会から開いとるっちゅうねん。ありえへん。ありえへんで。ワイちゃーんと事務所で便所行ったあとに閉めたっちゅうねん。のう。開いてるわけないやろ。開いてるわけないんやがな。ほれ見てみ。ほれ、ここのチャックのとこ、ここのとこ、ほれマサ、ここのチャックのとこ見てみいや、ほれ、開いてないやろ。開いてるわけがないんやがな。なッ。開いてるわけが・・・って、あひゃぁッ。いや、あらー、えぇー。やっ。あ、うひゃ。ほ、ほんまやっ。わッ。ほんまや、開いてるわッ。チャック開いてたぁ。ほ、ほんまやぁ。わたいのチャック開いてるがな。えぇ。いやー、ヒャッ、恥ずかしいわぁ。ええ、あれぇ。やぁ。ええ。ちょっとチャック開いてるやん。チャックものっそい全開で開いてて、世間思いっきり覗いてたやん。ええ。あひゃぁ。うわー。恥ずかしいわぁ。うわぁ、マ、マサももっと早ようにゆうてえよぅ。もー。僕全然知らんとチャック全開君のまま事務所から歩いてたやんッ。ものっそいメンチ切って頑張って歩いてたやんッ。ええ、アラー。うわぁ。僕ものっそい恥ずかしいッ。僕ものっそい恥ずかしいワァ」
「さっきから小学生とかがジロジロ見て笑てるのに、兄貴全然気付きまへんのやで、ほんまに。人が気ぃきかして無言で伝えようとしてたのに。あんた全然気付かんと歩いてなはんねん。ねえ、さっきから目線で教えてあげてたでしょうが。ほんま、あんたは口でゆうたげなわからへんねんから」
「あ、あ、うん。へぇー、あ。あー、そうなんやー。ええ。ウワー。僕全然知らへんかったわぁ。あ、なんかマサが僕の股間をジロジロ見てたのは、実はチョッピリ気付いてたのんよ。うん。で、最初はなんでこいつこんなにわたいの股間見やはんのやろ、て思ってたんやけど・・・。んで、あれ。もしかしたらマサは僕のことが好きなんかな、とか思てね。ほいでこないジロジロ見やんのかいなぁって。うん。ほやけどね、まぁ、お前は俺の可愛い弟やろ。そんな切ない弟分の恋心をやで、無下に断るのもなんか可哀想やないかいな、なぁ。・・・・・それやし、・・・・それやしな、うん、た、例えばの話やで。本気にしたらあかんで。うん、ほ、本気にしたら、わたいも困りますのでね、あの、本気にせんように聞いてほしいんやけどな、うん、まぁ、実は、俺もな、マ、マサ、お前と二人やったらな、この、この川の遥か向こうに見える、あの永遠なる土地の彼方へ、おまはんと二人やったら、行けるような気が・・・・・」
「一人で何ゆうてんのやろこの人。あぁあぁ、今、女子高生が、不潔ッ、ゆうて走っていきましたで。あんた、ごちゃごちゃゆわんとさっさとチャック閉めなはれ」
「ヒャッ。ああー。危なかったぁ。人様におのれの醜態を惜しげもなく晒すところやったぁ」
「いや、もう惜しげもなく晒しまくってますから」
「いやッ、もうッ。ご挨拶ネッ」



どやこやと、阿呆なことを言いながら、道を歩いてますのは、何も遊びでふらふらしてるのんやないんでして。ほな何をしてんのやと申しますと、まあ、いわゆるシノギの回収ですな。ヤクザ屋さんというのは、そうやって稼いでおるんでして、今日もこうやってぼちぼち今月のシノギを貰いに回ってるわけです。で、すっくり日も暮れて自分のシマもあらかた回ってしまい、最後はジャンジャン町の近所にあるスマートボール屋に着きました。



「おう。」
「あ、こらサダさんとマサさん。どうも、お世話になっとりま」
「ほんまに、この店はいつ来ても景気が良さそうやのぉ」
「いやいや、そうでもないですが。こんなチンケなことやって、小金稼ぐんが関の山ですわ」
「ようゆうでほんまッ」
「ほな今月分貰おか」
「あ、はいはいと」
「兄貴にゆうてもらうまえに用意しとけや」
「あ、はい、すんまへん。ちょ、ちょっと奥にとりに行きますよって」
「さっさとせえ」
「へい」



と、ゆうて店の奥に引っ込んだまま、ここの主人、なかなか出てきよりません。その間二人は、入り口の近くでじっと待っとりましたんですが、サダのほうは自然と身体がスマートボールのほうに向かっている。といいますのは、実はこの男、スマートボールが大の好物なんでして、暇な時間があればここに足が向くという、実はこの店の常連なんですな。そやさかいここの主人とも知らん仲やないんでして。で、マサのほうは逆に、まったくこんなものには興味がないみたいで。



「遅いな、親父。ちょっと見てきましょか、兄貴。」
「そや。そうそう。もうちょいゆっくり引くのんや。ちょっとの力でええんやで。これはあんまり力入れたらあかんねん。オッ。そうそう。うまいやないか、ガキ。そや。ええ、」
「兄貴ッ」
「んっ。なんや」
「ちょっと出てくるん遅いんで奥見てきますわ」
「出てくるん遅いゆうて、今出てきたで。」
「あ、ほんまや」
「いやいや、すんまへん、えらい待たせまして」
「ワレ遅いんじゃッ。さっさと出てこんかいッ」
「うひゃッ。び、びっくりしたァ。マ、マサ君、まぁ、そないに怒らんでもよろしやないかいな」
「えろうすんまへん」
「ん、んで、今月分」
「えーっと」
「どないした。今月分。はよ出しいな」
「えっと、ね。それがですね」
「・・・・おい、親父。その、奥からずぅーっと担いで出てきたそのでっかいのんはなんや」
「あ、そのね。ええ。そうですねん。これね・・」
「おい。そんなんええから、先に今月分の金だせや」
「ええ。あのね、これを今月分の代わりにしてもらえまへんやろか」
「うはっ。なにこれ。見たことないスマートボールの台やんッ」
「でしょう。これね、掘り出しモンなんだっせ。」
「うわッ。こんなん僕見たことないわぁ。うわーす、すげい。おお。釘もしっかりしてるやんッ。へー。すごいなぁ、すごいわぁー」
「うちの倉庫漁ってたらね、見つけましたのんや。多分、もうわたいのおじいちゃんの頃か、もっと前かくらいの品やと思いますねん。サダさんに見したら、さぞかし欲しがるやろなぁと思いまして。」
「うわぁ。マジで。俺欲しいわッ。最近の祭りとかでやるスマートボールは全然あかんねん。もう、全然なってないんよ。ギミックがね。もう、祭りのんは最低ッ。でも親父んとこのんはおもろいよなぁ・・・」
「ち、ちょっとちょっとちょっとちょっとッ。もう。ほんまにこの人はスマートボールに目がないなぁ。ちょっと、兄貴ッ。そんなんでシノギの代わりになるわけないですやろッ。ちゃんと集金しましょってッ」
「うわーすげいなぁ。うわー。すげいすげい」
「ほんまに。この親父といい、兄貴といい。俺を無視し腐りやがって。ええ。俺らはヤクザなんやで。それを。何がスマートボールじゃ。大の男がこんなモンに夢中になって。恥じを知れ恥じを。ああッもうッ。イライラしてきたぞ。ええ。もう知らんわい。お前ら二人ともに腹が立ってきたぞ。怒ったぞ俺は。」
「ここの魚の口に玉入れたらね、眼が光るんですわ」
「ウオッ、すっげっ。魚すっげー」
「ちょっと兄貴ッ。あんた、ええ加減にしとけや、コラッ。わいらヤクザやろッ。集金せんならんのちゃうんかッ。何をそんなしょうもないモンに眼ぇ光らしとんねん。アァ。ええ加減にせなな、いくら兄貴やゆうたかてな、ワシ怒るでッ。ええッ。おのれエエ加減にしとけよッ」
「・・・。・・・・なんや、ワレ。・・・ちょっと黙っとれや、マサ」
「あひゃあッ。う、ううぅ、こ、こえー。夢中になってる時を邪魔された兄貴こえーッ。マジかよぉ。あんな恐ろしい兄貴の顔初めてみたよぉ。鬼神のような顔やったよぉ・・。なんやろ。あぁ。なんか指の震えが止まらん。ううぅ・・。な、なんやこの気持ち・・。なんやこの気持ちは。今まで味わったことのない、初めて味わうこの気持ちは・・・。まさか、これが、これが恐怖ッてゆう気持ちなのかしら・・・」
「ほいでね、ここに玉入れたらァ」
「いやっ。うわっ。やらしい仕掛けやなァ。こんなん見つかるわけないやん。」
「そうでしょ。これ見つけたらすごいんですわ」
「くそ。ここの親父。いらんことばっかりしやがって。おかげで俺が兄貴に怒られたやないか。くそッ。腹の立つッ。しゃあないな。ほなぁ、もう、この親父、こいつに八つ当たりじゃ。もうメタクソにゆうたろッ。バカタレが。ええッ。おいこら親父ッ。」
「はい。なんでしょう。」
「ワレ、そんなモンどうでもええんじゃ。はよ金出さんかい。さっさとせな痛い目あうぞこら」
「そやさかい、これでお願いできまへんやろか、ゆうて、サダさんと今交渉してまんねやがな」
「いらんっちゅうねんッそんなモンッ。はよ金よこせや、ワレッ」
「・・・・・・おのれ、ちょっと黙ってたほうが身のためやで」
「あひゃあッ・・ッ。こ、こ、こ、コワーッ・・。な、なんやこの親父ッ。突然ふ、雰囲気が変わったで。ええ。も、ものっそい怖い目ぇで睨んできたよ。アレ。ううぅ、な、なんなんやこいつは。ふ、震えが止まらへん。震えがとまらへんよぉー。怖いよー。一体なんなんやの、この親父はぁ」
「あ、この人合気道の達人やから、下手に手ぇ出したら、わしらなんか一発でやられてまうで。気ぃつけや」
「ま、マジで・・・」
「んでね、サダさん。これね、買うてもらえしまへんやろか」
「えーッツ、お、親父、これワシに譲ってくれんのとちゃうんか。」
「いやいや、それはあきまへんわ。なんちゅうたかて、骨董品で、値打ちモンやさかい。」
「きゃあ。くそ親父。ワシの弱みにつけこみよってからに。・・・・・・しゃあないな、なんぼや」
「100万くらいで・・・」
「高ッ。100かッ」
「おのれ調子に乗ってたらしばく・・・」
「なんや」
「す、すんまへん・・・」
「まぁ。マサ。落ち着け」
「あ、兄貴、ま、まさかこんなモンに100万も出すつもりやないでしょうねッ。」
「ほやからな、落ち着けて、マサ。なぁ。ええ。あのな、マサ。ワシらな、ワシらの商売ってな、なんやねん。ええ。いっぺん思い出してみいマサ。ワシらの商売っちゅうのはなんや。」
「え。ヤ、ヤクザですけど・・」
「そうや。ヤクザや。」
「そ、それがどないしたんで。」
「なあ。ワイらヤクザやなぁ」
「へえ。」
「ほやからな、言い値(インネン)つけられたら買わんならん。」


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