「んでね、終電で帰って階段降りるとき、途中、酔ッぱらいを見たんスよ」
「へぇ…。…そういや、お前って住んでるとこって、あの辺りオフィス街だよな」
「あー、まぁ、そうスけど。でも、割りとあの辺住んでる人間も多いんスよ。ちょうどあの裏手に、結構手頃な賃貸があるんです。だからそこから乗車する人間とおんなじくらい、降りる人間もいるんですよね」
「それ知らなかったな」
「ハイ。実は結構穴場なんスあそこ。………でね、その酔ッぱらいね。ちょうど階段の踊り場ンとこで倒れてたんですよ。だからおれら電車から降りる連中からしたら、邪魔なのなんのって。みんなその酔ッぱらいの事、かなりウザがってましたね。そんで、おれもコンパの帰りで酒も入ッてたから、酔い目になんとなくソイツを見ながら階段降りてッたんですよ。」
「ほお」
「そしたらね、ソイツのほんとすぐ近く辺りで気づいたんですけど、その酔ッぱらいね。なんか一人でブツブツ言ッてたんスよ。独り言」
「…………そのオッサン幾つくらい?」
「あぁ、えー。どんくらいだろう…。まぁ、だいたい四十過ぎくらいなんじゃないッスかね。うん。そんで、まぁおれもいつもならそんなのムシしてトットと帰るんですけど、酔ッてたのもあったし、なんとなく興味本位で、そのオッサンの隣をゆっくり何言ってるか聞きながら降りてったんですよ。そしたらね、そのオッサン!泣いてるんスよ!地面を拳でガンガン殴りながら。頭おかしいんじゃねーかって思いました」
「…………………」
「んで、なんか一生懸命言ってるんです。畜生、畜生、って。こっちもスゲー気になるじゃないッスか。一体どうしたんだろう、って」
「……………ほお」
「そしたらね。ふふ…。よく見たら、分かったんスよ、おれ。」
「なんで泣いてるか?」
「ハイ。あのね、そのオッサンのすぐ近くにね。腕時計がね、落ちてたんですよ。」
「腕時計?」
「ハイ。おそらく、そのオッサンの腕時計だと思います。その時計ね。多分、酔ってたから、コケたんだと思うんスけど、表面の部分が、かなり欠けてたんですね。酔って、コケちゃって、壊したみたい。……んで、その時計を握りしめながら、畜生、畜生、って、ずっと言い続けてルンですよ。お前、一体どんだけ時計壊れたのが悔しいんだと(笑)」
「…すごく高価なモンだったんじゃねーの?」
「いえ、全然そんな風には見えなかったですね。なぜかっていうと、オッサンの身なりからしても、良い物一つも着てなかったんですから」
「…………」
「酔ってるから、感情が昂ってたンすかねぇ。とにかく、尋常じゃない悔しがり方でしたよ。役者でもあそこまでの演技は出来ないですよ(笑)」
「………………………」
「………………いやー。ホント。世の中には変なヤツいっぱいいますねぇ……」
「………………………………」
「………………先輩?………………………どうしたんスか?」
「………………いや、……」
「………………?………………」
「……………………」
「…………………。……………どうしたんスか。突然…」
「………………。いや。……なんつーか、オッサンの気持ち、なんとなくおれも分かるなぁ、って思って」
「オッサンの気持ち?……なんスかそれ(笑)」
「いや、……なんとなく昔の自分と被ってさ。」
「へ?先輩と??……………なんで突然」
「これはおれの推測だけどさ。…………多分、そのオッサンは、腕時計が壊れたことでそんなに悔しがって泣いたんじゃないんだよ」
「…………はぁ。………なんで?」
「多分な。オッサンは、それまでにいろんな自身の事情があったんだよ。………………それが一体なんなのかは、おれは知らん。だけど、人間、年食えば食うだけ、色んなこと抱え込んで生きてるじゃん。しがらみっての。……………仕事とか恋人とか、家庭とか、夢とか色々。その中でさ。ほんっとうに、どうしようもない時がある人間ってのも、イッパイいるんだよね。…………なんでそんなに不幸が積み重なるのって思うほど。」
「…………はぁ。………そんなモンなんスかねぇ…」
「…………………そのオッサンも多分、そういう、いろんなことが、溜まりに溜まってたんじゃねーのかな、って。………なんかそういう風に思ってしまう。……………………てのはさ。実は、おれもついこの間、それに近いことがあってさ」
「えー?先輩が(笑)………ジョーダン」
「ジョーダンなんか言うかよ。………………そんなつまんねー事、他人にベラベラ喋れるかよ。恥ずかしい」
「恥ずかしいって、おれには話してくれるンですか?」
「つまらん揚げ足とんなよ」
「ハーイ。………てか、あーざす」
「ハハ。…………………………おれもさ、ついこの間まで、結構色々重なったことがあってさ。」
「例えば?」
「……そこまではさすがに格好わりぃから言わないけどサ。まぁ、ありきたりに言えば、仕事とか女とか、まぁ夢とか理想とかね」
「へぇー」
「…………まぁ。やっと。やっとかな。やっと、この間、現実に打ちのめされちゃってさ。全部がもう、どうしようもなく、見込みがなくなってさ。」
「…………………」
「そんなあるときにさ、休みの日に、家で過ごしてた事があったのよ。まぁ、過ごしてるって言うか、実際は誰とも会いたくなかったってのが本音なんだけどな」
「……………あ、…………もしかして、それって、こないだ、おれが先輩にコンパ誘ったときですか?」
「あぁ、そうだそうだ。そうそう」
「…………マジですか」
「あぁ(笑)」
「……………わかんねーもンスね」
「…………………んでさ、一人で家にいたのよ。んで、横になりながらテレビ見てたの。」
「ハイ」
「…………そしたらね、掛けてたメガネの、片方のレンズが突然転がり落ちたのよ。…どうやらネジが緩んで、そのネジも落ちたみたい」
「へぇー」
「……んでね、おれ、なんかもう、ネジを必死で探してさ。………でも、メガネのネジって小さいじゃん。結局見つからなかったんだよね。」
「…メガネのネジってかなり小さいッスよね」
「おう。…だから、替えなんてなかったよ。……おれどうしようと思ってさ。だって、メガネないと仕事出来ねーし。んで考えたの。………そしたらさ、そういや、大昔に買って、デザインが気にいらなくて、そのまましまったままになってるメガネがあったの、思い出したのよ。」
「ハイ」
「ああ、あれのネジをとって、今使ってるメガネにはめたら使えるかなって閃いたの。」
「なるほどね」
「んで、案の定、ネジ穴のサイズもピッタリだったわ。………で、いざそのネジをはめようとしたら」
「……………そのネジも無くしたとか」
「言うなよ」
「(笑)」
「………モウ。……………なんつーかね。貧すりゃ貪すとか、藁打ちゃ手打つとか。色々言い方あるじゃん。………アレマジだね。…………おれね、なんか。そんとき無性に、なんつーか、こう。怒りっつーか、情けないっつーかね。その、他の誰かに対しての感情じゃあないんだ。なんかホント、自分って生き物がどうしようもなく、馬鹿でマヌケで、無能な存在ってのを痛感した気がしてね。……………いや、普段ならそこまでネガティブなこと考えないんだけどさ。だけど、あの重なった時期ってのが、やっぱりどうしようもなかったんだな。おれの行動や周りにあるもの全てが、暗い方向に向いてた。……………………今でも覚えてるよその時の気持ち。…………おれそんとき、頭と体に力イッパイ込めて、もう。めちゃくちゃ力込めて、声殺して、ベッドを拳で叩きまくってた。………ただ、なんつーか、空しくて悔しかったよ。」
「………………………」
「………………多分そのオッサンもそんな気持ちなんじゃねーかな。とか。」
「……………」
「まぁ、まるっきりおれの想像なんだけど」
「………ウーン。……………。おれには分からないッスねぇ」
「ハハ。まぁお前はおれと違って明るいからそんな事にはならないような気はする」
「……………あんま物考えないスからね。おれ」
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